人類にとっては愉悦が不可欠である

人生は長く辛く苦しく終わりの見えない苦行のようなものである、だからこそ辛い人生にはそれなりの愉悦が必要なのだ(ちなみにここまでの文章はただ単純に『愉悦』という言葉を利用したかったがために無理やりひねり出されたものであって内容的にはレズビアンがどうだのには直接的には関係ない事を今のうちにココで告白しておこう、ぶっちゃけて言えばレズビアンだろうとホモセクシャルだろうとソコに愛はあるのならばソレはソレで良いのではないだろうか?と私個人は思っている、思っているが世間はソレを認めてはくれないものである。)例えば個人にとっての愉悦とはいったいどんなものだろうか?多くの場合は快楽や悦楽を伴うものである場合が殆どであり、より極端な例題を出すとすれば性的な興奮などがソレである。

そろそろ本筋のレズビアンについて語るために舵取りをしなくてはならないので強制的に話題を変えてみるが、つまるところ世間におけるレズビアンってアブノーマルだよねという考え方はいったいどうなのだろうか?いやむしろ常に数の多い自分たちが正しく世界の摂理でありルールであるかのように扱う事にたいして私は異を唱えたいところだ、マイノリティーな意見はいつだって数の暴力によって押しつぶされるのみである、そろそろ世界に対して歯向かって認めさせてもいい頃合いなのではないだろうかとさえ思うが実際に行動できる人間の数はそう多くはない。ところでレズビアンとカミングアウトした場合周りにいったいどのような扱いを受けるのだろうか?親友等の比較的理解を示す層にとっては( ´_ゝ`)フーンで済むかもしれないがあくまで知識として『彼女を知っているだけ』の人間からすれば非常に話のネタとしては申し分ないインパクトを備えている事だろう、結局人間は自分自身に関係の無い事に関してはどこまでも冷たくなれるのである。話がとりとめもなくなって来たが要するにあなた自身がレズビアンなのかどうかはわからないしもしかするとバイセクシュアルなのかもしれない、そもそも女性でもなければバイセクシュアルでもないただただ純粋なホモセクシャルの可能性もあるわけでつまり一体何が言いたいのかと言うと世の中には様々な人間とさまざまな性癖を抱えた悩みがあると言うわけで、世界の中で一番自分が不幸なんだ、こんなに悩んでくいるのにきっと周りは理解してくれない辛い!なんて事ありふれた事すぎて共感も糞もないんだよ、と言う事だ。

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